読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ピュア・ウォーター


Arthur's Theme by Christopher Cross (Best that you can do)

 

3年間。

3年間の暗中模索、その集大成。始まりと終わり。

思案の中で浮かぶ答えと、欲望以外が消えた感情。

 

それがフィナーレの打ち上げ花火では、役が不足している。

やはり幕を引くのは、記憶の君・・・なのだろうか。

少なくとも、これからのオリジナルでなければ。

オリジナル。そう、オリジナルの価値・・・だ。

 

さて。

一通り、雨上がりの街をひとり。

「真実って何だったの?」。

一時的な感情や、変動し続ける数字や、強弱のある明暗とか、そんな美談を、じゃない。

 

あと2、3分、座ったまま考えたい。

そのために用意した時間だ、そのために交渉した時間が。

人知れず、物語はあって


White Album2 ~ Mihatenu Yume - Quellatalo Reproduction

 

いよいよ、2015年が終わろうとしている。

これより年越しまではバタバタとしてしまいそうなので、今書いてしまうことにする。

 

語る上で敢えて個人的な話に限るが、今年は1年を通して非常に苦しい年だったと言わざるを得ないだろう。

まぁ、ただ苦しいだけの年でもなかった。

大雑把に見ても得たモノは去年以上に多い。

 

それと、今年はずっと持っていたものを「捨ててみた」年でもある。

捨てたものは何か。

結果的に、こだわり、になるだろうか。

 

理由があってそれまで固執していたことがあった。

これはこうだからこうすれば上手くいく。そういった考えがあった。

他人に求められるからそれに乗る。そのリズムがあった。

新しいことを求めて、今までと同じ考えのもと、今までと同じことをする。愚かなルーチンがあった。

 

今年は敢えて、それに逆らってみた部分がある。

そうやって、俯瞰を超えた鳥瞰、そのやり方。

すると自分の意識の本質というモノが、最後の最後で輪郭を覗かせた。

 

というのは、出来事の克服。

前回、目の前の課題は来年に持ち越しになりそうだと言ったが、先日その課題は予想していた形で解決…となった。

 

確かに、予感はしていた。

今回の終着駅は「そこ」だろうと。

 

まるで手応えのなかったペーパーテストのようだった。

それも、出題者側に悪意のある、正しく悪問だらけの期末テスト。

そんな答案で作った紙飛行機は飛ばない。飛ばずに落ちるだろうと。

 

もちろん、望まぬ形ではあった。しかし、部分的には納得のいった形であった。

あとの納得行かなかった部分は、類推で自分を納得させた。

 

なぜ理解ったかって。

以前、見たことがあるから。その光景、もう何度も見たから。

そして何より、・・・・・・。

 

この件に関して、どうすればよかったのか、という答えなど無い。

どうやってもこの帰結は免れなかっただろう。

解法すべき1つの問題があまりに、あまりに悪問すぎたから。

間違いなく、この「どうにもできなかった」という苦い感情が、本当に優しさを持った、最善の結末だった。

以前の出来事がこのような終わり方にさえなり得たという、可能性の話にもなる。

それでも、今回のようにならなかったのは・・・。

 

話してみれば大したことでもない、かと言ってありふれた話でもないのだけれど。

このことは誰にも言うまい。

断言できるが、少なくともこんなことは、もう二度と経験する機会は来ないだろう。

 

それ故に、きっと一生忘れないだろう。

 

非常に強い感情を持った、最悪の、最善のパターン。

逃げ出せなかったから、冬の星座を見上げた。

 

1年の最後の月。

そして、後日談。

湧き出る意識の本質、その奔流には逆らえない…というわけか。

そこには1年の最初の月にいたであろう場所に帰れるという、小さいけれど粋な奇跡もちゃんと残されていた。

すべてのものを

視えたのはこのことだったか。

潜在意識下で外的なヒントから自動演算した結果だろう。

 

だが今、待っていたのはそんなことではない。

せっかくの機会だが、色んな意味でそれどころではない。

この時期にこんなことはレアケースだろうが、「僕に精神的な余裕がこれっぽっちも無い」。

 

さて、目の前の課題は来年に持ち越しとなりそうだが、2015年に置き去りにできそうな重荷は思いの外多い。

正直こんなことは思ってもみなかった。

嬉しい誤算、というには少し違和感があるが。

間違いなく現状、大きな変革と言えるだろう。

 

何も結果が出ていないから大口を叩くわけにはいかないわけだが、僕としては非常に「雲抜け」して思考がクリアになった感がある。

 

何も知らずに丸腰ノーガードで殴り続けた過去の日々も、強くてニューゲームよろしく、一度ゼロから組み直せたら素敵なのだが。

まぁそれを強く望むわけでもない。

 

過去に理解らなかったことが、今なら理解る。

今理解らないことも、未来に理解ることがあるだろう。

 

段階を踏んで理解していきたい。

全体像を投影し、俯瞰していきたい。

 

とにかく今年はもう布石を打つことだけ。

 

何が用意されてるか知らないけど、終局がつまらなかったら、さすがに僕は本気で怒るし、というか怒ることを強いられるし、そうやって面白くするのもアリかな。

 

まぁ、その辺は結論としてアバウトに考えていて、ある程度成り行きに任せるつもりでいる。

でもきっと、想定してたパターンが来るんだろうなぁ、という気がする。

もうひとつの青空

 

ん〜そうだよな。さかさまです。

 

今日は夢に初恋の人(初めて告白するレベルで好きになった人)が出てきた。

当たり前だが、容姿は最後に会った時と変わっていなかった。

地味な本人と不釣り合いな、在りし日の、ちょっと妖艶な黒い眼鏡。こうして久々にその姿を見られて、少し、嬉しかった。

目が覚めるまでの時間、少しだけ触れ合って、少しだけ、話せた。

それが嬉しかった。

 

僕は一度でも本気で好きになった人のことは絶対に嫌いになれない、というのがある。

いや、どうでもよくなれない、と言ったほうが正しいかもしれない。

例えそれが、後味の悪い別れ方だったとしても。

相手のことを深く知ってしまったなら、感情に流されない根底の部分だけは、僕の中でいつまでもそこに居残り続けてしまうからだ。

 

正直、そこが僕の恋愛観のほぼ全てと言っていい。

性的な要素に心を駆り出されるだとか、他の人に取られたくないだとか、そういうのがないとは言わないが、僕の場合特に前者は恋愛感情には繋がらない。極端な話前者は、興奮するな〜で終わり。

 

僕の中で「この人に人生を傾けてもいいか?」っていう自問自答に一度でもYESが出たんだろ。

そしたら忘れられるわけねーし、ましてや「僕を傷つけたから」という理由から不幸を願うこともない。(身体的に傷つけられたらそれはもちろんアレだけど)

 

なんて言ってるけど、結局のところ相手に傾倒してるようで全然傾倒してないような人間が上手に恋愛できる、ということは勿論わかってるんすけどね。

僕の場合、それだとあまり意味のないものになってしまう。

 

だいぶ長い年月が経ってしまったけど、それは初恋の、あの人の時と変わってない。

恋愛上の未練ではない。あったのが恋愛感情だけじゃなかったってだけ。

 

今こうして考えれば考えるほど、初恋の人は別格だったし、今も変わらずに別格だということが理解る。

まぁ、ただそれだけのこと。

 

いずれ何かの時に、もしも僕に幸せな姿を見せてくれたら・・・とは思うけど。

 

さて。

自分の中で当時で既に整理が終わっていることを掘り返すのも、存外悪くはないな。

遠い記憶に思いを馳せ、ちょっとだけ、目の前のことに対する気持ちが楽になった。

 

今年も残りあと1ヶ月。

待ってくれない時間の経過と自分のペースの折り合いを付けながら・・・進みましょうか。

今年のうちにやれることはまだまだある。

今、話したい誰かがいる

今日、「心が叫びたがってるんだ」を観てきた。

あの花のチームで制作ということだが、僕はあの花の終盤の展開にあまり感動できなかった人間だったということもあり正直なところあまり期待はしていなかった。

CMや予告動画を見る中で、今回のこれは感動を押し売りするヤスモノなのかもしれない、という不安すらあった。

 

だが・・・良かった。

徹頭徹尾、良かった。

 

ここさけは感動の涙を強要するような安い作品ではなかった。

 

-----勇気が、必要な時がある。

それは時には、得ようとする勇気であったり、捨てる決断をする勇気だったりする。

 

一歩踏み出さなければ、始まらないことがある。

 

受け止めてくれる存在がいるなら、吐き出してみなよ、と。

 

観た人々の、そんな躊躇いがちな背中を押してくれる作品だった。

 

・・・答えはわかりにくいモノであると。

現状維持という安きに流れなかった者への報酬。

一歩を踏み出す。それを見ている人は必ずいる。

 

もしかしたら知覚できないほどに、本当に、本当に少しずつかもしれないが、取り巻く世界は、自分で変えていくことができるだろう。

答えは、自分が思っているものではないのかもしれない。

期待していたモノは、実際には掴めないのかもしれない。

 

けど、悔しいことに。

それでも、まずは「その」目の前のモノを片付けないと、納得して前に進めない時があるんだよな。

踏み出さなければ始まらない。

 

その過程で知ったことは、全て忘れずにいなくちゃいけない。

いつかの話

大事なことを思い出していこう。

忘れていたことを。

 

大事なことを思い出していこう。

忘れないようにしていたことを。

 

大事なことを思い出していこう。

忘れるはずもないことを。

 

ただ、忘れたフリをしていただけ。

 

切り離せない、その記憶を。

優しいピアノを

今、自分がどんな状況を求めているのか、理解っている。

なぜいつまでも渇きが癒えないのか、理解っている。

 

重要なことと重要でないこと。

もう目移りしている自分はいない。

すでに、それは飲み込んで歩いている。

 

ただ、やっぱり確証は欲しいみたいだ。

確信が欲しいみたいだ。

 

「できなかったこと」を思う。

振り返ってみると、存外に的外れなことはしていない。

今ならもっと上手くやれるはずだ。

当然、「できなかった」自分がいることは認めよう。

 

恐らく。

間近、何れかの”その時”が来れば、年内の方向性は決まる。

僕だってただ悪戯に待っているだけじゃない。

 

以前は、あまりこういうことは無いと思いこんでいたが。

僕が「Yes」と明確に口に出せば「No」だったモノが「No」以外のモノに変わっていくことというのは、意外と、ハッキリと、理解りやすく、存在するのかもしれない。

ということを、最近の僕は理解っているのかもしれない。

 

長い間白い靄がかかっていたモノの輪郭が、月の満ち欠けのように本当にゆっくりと、ぼんやりと、視えてきているようだ。

 

さぁ、どれが先かな。

去年ほど遠くには感じないよ。

点と点が確かに繋がる瞬間を、今は秋夜風に吹かれながら。